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出典元: 「信長は、賢くて格好いい武将だと思います」と話す木下昌輝さん
作家、木下昌輝さん(44)が、天下統一を目指した織田信長の徹底した合理主義と先見の明に光を当てた連作短編集『炯眼(けいがん)に候』(文芸春秋)を刊行した。桶狭間、長篠など数々の戦いを勝ち抜き、自らの死後をも見通した信長の千里眼が圧巻だ。(横山由紀子)
天罰や仏罰の類を一切信じず、合理の心を大切にしたという信長。木下さんは「信長公記」「武家事紀」などの史料から読み取れる信長像に、独自の解釈を加えて7編の短編を紡いだ。「物語を面白くするため、史実と史実の隙間にトリックも仕込みました」といい、作品にはミステリーの要素も加わる。
山中の猿と呼ばれる物乞を信長の軍師として描いた「軍師」は、信長の合理的思考を際立たせている。桶狭間の戦いで、大軍を率いた今川軍に多勢に無勢で挑んだ織田軍は天候の悪化を味方に付け、総大将・今川義元の首を見事に討ち取った。軍師・山中の猿には天候が予知できる神通力があるとみられたが、実は天候が悪くなると頭や体が痛む天気痛の持ち主で、信長はその体質を見抜いて利用したのだった。
創作のヒントとなったのは、織田・徳川連合軍が武田軍に勝利した長篠の戦いを描いた屏風絵(びょうぶえ)だ。「そこには陰陽師(おんみょうじ)らしき人が描かれていて、信長の周りには天候を予知できる人がいたんじゃないかなと思います」
ほかにも、信長を狙撃した鉄砲の名手・杉谷善住坊(すぎたに・ぜんじゅうぼう)の子孫を取材した「弾丸」、今川氏の首を争った兵士たちの激烈な争い「偽首」、鉄甲船建造をめぐる「鉄船」などに、信長の人生を浮び上がらせる。
合戦の戦法はすべて理にかない、無駄な戦いは回避し、勝てる戦はとことん戦う。そんな合理主義者の信長は木下さんにとって、「賢くて決断力があり大好きな武将の一人」だ。
比叡山の焼き打ちなど極悪非道な性格がクローズアップされもするが、史料からは意外な一面が見えてくるという。「若い頃は部下を失って涙を流したり、山中の猿に施しをしたり、ワンマンだけど決して思いやりのない人間ではなかったと思います」
最終章の「首級」は、晩年の信長が側近としてかわいがった黒人奴隷の弥助が主人公。天下取り目前、無念の死を遂げた信長の最期を見届けた人物として描かれる。明智光秀を破るため、信長が死後の動乱を見通し、自らの首をめぐる秘策を打ち出す場面は、「デビュー前から考えていたトリック」だという。
信長亡き後、弥助はインドに渡り、戦士としてムガル帝国との戦いに挑むが、世界的視野を持っていたサムライ信長を回想するラストは、未来が開けるような爽快な読後感をもたらしてくれる。「日本の歴史小説だけど、国境というボーダーを超えてみたかった」
木下さんは、デビュー作『宇喜多の捨て嫁』(平成26年)が直木賞候補となり、その後も次々と新機軸の歴史小説を発表。今年は本作をスタートに、五重塔を建造する『金剛の塔』、戦国時代の一日を描く『戦国十二刻』などの刊行を予定する。歴史小説は史実という制約が多いが、「勝ち負けが分かっている歴史上の合戦を小説の中でどうワクワクさせることができるのか。工夫次第でできることがいっぱいあって面白いですね」と意欲を語った。
■きのした・まさき 昭和49年、奈良県生まれ。近畿大学卒業。住宅メーカー勤務後、フリーライターに。平成24年『宇喜多の捨て嫁』でオール読物新人賞、直木賞候補にもなった。著書に『人魚ノ肉』『敵の名は、宮本武蔵』『宇喜多の楽土』『絵金、闇を塗る』など。